■ 彫刻家の描いた絵本『おおきなかぶ』
里見 まり子
図書館で久しぶりに絵本を借りました。『おおきなかぶ』です。背表紙がボロボロにはがれて、緑のテープで補修されていました。多くの人々に貸し出され、時には、子どもたちに読み聞かせられていたに違いありません。
うんとこしょ どっこいしょ ところが かぶは ぬけません。
うんとこしょ どっこいしょ それでも かぶは ぬけません。
これを繰り返し読んでいると、不思議と子どもたちの声が聞こえてくるのです。
いつ頃この絵本に出会ったのかははっきり覚えていないのですが、仙台に引っ越してから、宮城県美術館の図書室の前の壁に挿絵が掛けられているのを見て、佐藤忠良氏によって描かれたことを知りました。
赤っぽい大きなおじいさんの鼻、そしてまっ白いあごひげをたっぷりとたくわえた彫りの深い顔、スカーフをかぶったおばあさんと孫娘の姿などから、海外の作家によって描かれたものとずっと思っていたのです。
佐藤氏について書かれたいくつかの文章を読む機会があり、氏がシベリアでの抑留体験を持ち、厳しい労働に耐えながらもロシア人を眼だけでデッサンされていたことを知りました。そして、いかなる時も描くことを追求し続けられた氏の姿勢から、ロシアの風土を感じさせるこの挿絵が生まれたのだと納得したのでした。
おじいさんはある時は顎を引き、ある時は顎を上げてかぶを引っ張っています。おばあさんはいつも背中を丸め、孫娘は腰を伸ばして反り返ったり、腰を曲げたり、横を向いたりしています。犬や猫の恰好からもかぶを引っ張るエネルギーがリアルに伝わってきます。氏は、この挿絵の制作に当たって、自ら鏡に向かって引っぱるポーズをして、何度も描き直したと語っておられたとも書かれていました。
とてつもなくおおきなかぶができたとき、おじいさんは、左脚を挙げて左手の親指を立てて踊ります。そしておおきなかぶが抜けたとき、右脚を高く上げ、おばあさんと肩を組んで踊ります。その踊りの恰好は、本当におじいさんらしく自然で、叫び声や喜びがじんわりと伝わってきます。この二つの挿絵を見ながら、氏が鏡の前でおじいさんになり切って踊っておられる姿を想像していました。
佐藤忠良氏は、宮城県に生まれ、ロダンの作品にあこがれて彫刻家を志したそうです。一周忌となる昨年は生誕100年でもあり、追悼の展覧会が宮城県美術館で開かれました。この展覧会を訪れて、氏が『おおきなかぶ』だけではなく、『ゆきむすめ』や『イソップのおはなし』など何冊もの絵本の挿絵を描いておられることを知りました。
最後の部屋に展示されていた『おおきなかぶ』の原画の前に立ったとき、これらの絵が「うんとこしょ どっこいしょ」と叫びながら動き出したくなる子どものエネルギーを引き出す力を持っていることを実感しました。
『おおきなかぶ』のブロンズレリーフが宮城県こども病院にあることを聞きました。是非行ってみたいと思っています。
※おおきなかぶ/A・トルストイ再話/内田莉莎子訳/佐藤忠良画/福音館書店
(保健体育講座)