〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.30 2012年9月号
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■ 絵本が放つメッセージの力――学生の時の思い出から――

大友 きか子

 大学生の時、80名を越える児童文学の講義で、一冊の絵本を先生は読み始めました。淡々と読み進めていきました。教室は静まり返り、皆の視線が、小さな絵本に釘付けとなりました。
 私は「絵本」が放つメッセージの強さ、深さに身動き一つとれなくなっている自分に気付きました。「絵本」との強烈な出会いでした。

 『わたしのいもうと』 ――表紙には、背を向けて立つ、一人の女の子が描かれていました。 いじめに遭い、ある日、その命の灯火が消えるまでの話です。
 ごはんも食べず、何も語ろうとしない女の子。命の灯火が消えぬよう、抱きしめて一緒に眠るお母さん。時間が止まってしまったかのような女の子とは別世界に生きるいじめた子たちは、中学生になり,高校生になっていく・・・。
 折り紙で鶴を折り始めた女の子。隣の部屋で、女の子と同じ鶴を、泣きながら折るお母さん。そして、ある日、女の子の命の灯火はひっそりと消えるのです。

 先生が読み終えると、教室は時間が止まってしまったかのようでした。誰一人声を発することなく、先生も多くを語ることはありませんでした。

 この講義の後、私は本屋さんへ向かい、『わたしのいもうと』を取り寄せました。松谷みよ子さんが、なぜ、これほどまでに強いメッセージを絵本に込めたのか、知りたかったのです。この絵本は、届いた一通の手紙から生まれたものだったのです。
 手にして、私は二度目の衝撃を受けました。それは、絵です。柔らかなタッチ、それでいて、寂しさや悲しさ、怒りが胸に押し寄せてきたのです。『わたしのいもうと』との出会いにより、私が抱いていた児童文学や絵本のイメージは一変しました。
 この講義での出会いがきっかけとなり、児童文学に興味を抱き、卒業論文で「小川未明」を取り上げることになりました。社会の中で起きている出来事や、人間が持つ多面性に目を背けず、考えるきっかけを与えてくれるのが絵本であり、児童文学のように思われてならなかったからです。
 先生は、ある時は『アンネの日記』からアウシュビッツを取り上げ、戦争と平和について、ある時は、語り継がれる民話を取り上げ、人の暮らしぶりから生き方について考えるきっかけをくださいました。先生は、生きものを扱うかのごとく、児童文学の様々な世界を私たち学生に語り聞かせてくださったのです。
 その中にあって、絵本『わたしのいもうと』は、今でも私に語り続けます。

 一度閉じてしまった人間の心の扉は、なかなか開くことができないこと。どんな愛情でもっても救えない命があること。人間は、自分が犯した行為を忘れてしまう生きものであること。無関心であることが、加害者になり得る恐ろしさがあること。そして、子どもたちの心が柔らかな時期にこそ、考えるきっかけを与えるのが大人の役割であることを・・・。

 大切にすべきものは、いつの時代も変わらないように思います。『わたしのいもうと』を思い出す度に、めまぐるしく変化する社会の中で生きる子どもたちに、少し足を止めて、考えるきっかけを作ることが、私たち大人に与えられた使命であるように思われてならないのです。

※「わたしのいもうと」/松谷みよ子文・味戸ケイコ絵/偕成社

 (特別支援学校教諭)


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