■ ゆっくりゆっくり、まっすぐまっすぐ
藤田 博
「ゆっくり」と「まっすぐ」が矛盾したものに思えるのは、「早く」行く、そのためにこその「まっすぐ」だからです。道草を食うのは「遅い」ことの典型、常識を超えた「ゆっくりゆっくり」が、常識を超えた「まっすぐまっすぐ」を生み出しているのです。
「おじさん おじさん いま なんじ」、ユン・ソクチュン文・イ・ヨンギョン絵・かみやにじ訳『よじはん よじはん』(福音館書店)は、時間を聞きに行く「おんなのこ」に始まります。家に時計がない、そのため「となりの みせ」に聞きに行く、行かされるのです。「よじはんだ」がおじさんの答え。その答えを持って「おんなのこ」の道草が始まります。「にわとりが みず のんでる ちょっと みていこう」、「ありが なにか はこんでる どこへ もっていくのかな」、「おしろいばなが いっぱい みつ あまいかな」。にわとりを見れば、足を止める、足を止めては、ありを見る、すべて好奇心のなせること、「おんなのこ」は好奇心のかたまりなのです。そこから道草が大好きな訳が見えてきます。
この間、確実に時間は経っています。にもかかわらず、「かあさん かあさん いま よじはん だって」がお使いの答えです。「よじはん」としたのは、それが黄昏時、境目の時間だからに違いありません。その隙間に向こう側へとはみ出す、道くさがある種のタイムスリップに思えるということ。「よじはん」と聞いた「おかあさん」は、この子のことだから道草してきたに決まっている、道草はいつものこと、だからその分の時間を頭の中で加えているのかもしれないのです。
ヘレン・バックレイ作・ポール・ガルドン絵・大庭みな子訳『ゆっくりおじいちゃんとぼく』(佑学社)の「おじいちゃんと ぼく」は、「さんぽに いきます ゆっくり ゆっくり あるきます」、「ゆっくり あるいて ときどき たちどまり いろんなものを ゆっくり ながめます」。「おかあさんは おおいそぎ」、「おとうさんは おおいそぎ」、「おかあさん」が急ぐのは、「おとうさん」が急ぐのは、目的があるから、早く着きたい、着かなければと思うから。追われる時間の中にある大人なのがわかります。「みんな おおいそぎ くるまも バスも でんしゃも ふねも おおいそぎで おおさわぎ」なのもそのためです。
「おじいちゃんと ぼく」がゆっくりなのは、目的を持たないから、いつでも足を止め、「ゆっくりながめ」るからなのです。「おじいちゃんと ぼくは ゆっくり いすを ゆすります」、「“いそぎなさい”と だれかが いうまで」。「だれか」が「誰か」はわからない、それでも急ぐ大人であることはわかります。
マーガレット・ワイズ・ブラウン作・坪井郁美文・林明子絵『ぼくは あるいた まっすぐ まっすぐ』(ペンギン社)は、「おばあちゃん」からの電話で始まります。「おうちの まえの みちを まっすぐ いって いなかみちを まっすぐ まっすぐ」と言われて、「おばあちゃん」の家に向かって歩き出します。「これは なんだろう こわいものかな?」赤い花です。目に入るものに足を止める、その度に逸れてしまいます。それでも「まっすぐ まっすぐ」の繰り返し。「これは なんだろう こわいものかな?」野いちごです。「ずいぶん たかい」山は後向きに登り、後向きに降ります。そうすることがおばあちゃんのところに行く「近道」なのです。そうでなければ行くことができない、遅いが早い、遠いが近いの「さかさま」の世界がそこにあります。
「ぼく」が「まっすぐ」進んでいないのは明らか、それでも、「おばあちゃん」の家に行くことができたのは、「おばあちゃん」が電話で言った「まっすぐ」の意図が伝わったからです。「ぼく」のことがよくわかっていたと言えます。最初のページに、額に入った「おばあちゃん」の写真が、最後のページに、額に入った「ぼく」の写真が見えています。テーブル越しに取ってきた野いちごを手渡します。テーブルには取ってきた花が見えています。
「おじいちゃんと ぼく」、「おばあちゃんと ぼく」が仲良しなのは、生産年令から外れている、外れた者同士だからと言えます。「おじいちゃん」と「おばあちゃん」は「既に」、「ぼく」は「未だ」の違いこそあるものの、背中合わせで一つなのです。道草を食う、否定的なもの、否定の対象とされるものも、ここでならポジティブです。『よじはん よじはん』では、「おじいちゃん」「おばあちゃん」でなく、「おかあさん」。時計のない暮らしの中での「おかあさん」、時間を聞いてくるのを待つ「おかあさん」なのです。
※「よじはん よじはん」ユン・ソクチュン文・イ・ヨンギョン絵・かみやにじ訳/福音館書店
※「ゆっくりおじいちゃんとぼく」ヘレン・バックレイ作・ポール・ガルドン絵・大庭みな子訳/佑学社
※「ぼくは あるいた まっすぐ まっすぐ」マーガレット・ワイズ・ブラウン作・坪井郁美文・林明子絵/ペンギン社
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