〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.27 2012年3月号
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■ 誰かを愛しつづけることの大切さを教えてくれるこの一冊

佐野洋子作・絵『100万回生きたねこ』(講談社)

三寄 翔子

 あるところに、立派なとらねこがいました。ねこは、100万回死に、100万回生きたのです。「ある とき、ねこは 王さまの ねこでした。」その後、船乗りの、サーカスの手品つかいの、どろぼうの、ひとりぼっちのおばあさんの、小さな女の子のねこになりました。その度に、ねこは死に、生き、100万回生きてきたのです。
 「ある とき、ねこは だれの ねこでも ありませんでした。」立派なのらねことなったねこは、自分が大好きになったからです。ある時、ねこは、本物の愛を見つけました。素直な自分に気付いたのです。「白い うつくしい ねこ」との出会いでした。「おれは 100万回も しんだんだぜ!」自慢するねこに見向きもしない白いねこは、「そう。」と言うだけでした。「そばに いても いいかい。」ねこは初めて自分以外の相手を好きになったのです。
「ねこは、白い ねこの そばに、いつまでも いました。」ねこは、白いねことたくさん生まれた子ねこが自分以上に好きだったのです。ねこは、白いねこといつまでも一緒にいたいと思いました。しかし、別れの時が来ました。「夜に なって、朝に なって、また 夜に なって、朝に なって、ねこは 100万回も なきました。」100万回生きてきたなかで、初めて泣いたのです。「ねこは、白い ねこの となりで、しずかに うごかなく なりました。」ねこが生き返ることは二度とありませんでした。

この本と初めて出会ったのは、幼稚園のときでした。そのときの感想は、いろいろな世界に行くことのできるねこをうらやましく思う程度でした。大学生になり、この本に再び巡り合い、100万回を生き、そして死んだねこの生の重さを考えさせられました。100万回を生き、真の愛を見つけるこの物語は、誰かを愛しつづけることの大切さを教えてくれるのです。

 

(英語コミュニケーションコース4年)


■ 新刊紹介

ハナ・ドスコチロヴァー・作/ズデネック・ミレル・絵/木村有子・訳
『もぐらくんとみどりのほし』(偕成社)

 「つちのなかのいえは、あめがふったあとのような、たいようがみずあびをしたような、においがします。」春がやってきたことをうれしく思う、土の中に暮らすもぐらほどにその思いが強いものはないのかもしれません。「もぐらくんが、いちばん わくわくするのは、つちのうえに かおをだすとき」(『もぐらくんとパラソル』)、春となればなおのことに違いないのです。
うさぎを招待するため天井の穴を大きくしていたもぐらは、石が割れ、光るものが飛び出したことに気づきます。「みどりのいし」です。「みどりのいしがそらでかがやいたら、きっといちばんきれいなほしに なるだろうなあ」、「そうすれば、・・・みんなが、ながめることができる」、もぐらはそう考えます。一つまた一つと石を積み、その上によじ登って空を目指すものの、到底届きません。うさぎの上に10匹のかえるが肩車をします。それでも届きません。3羽の小鳥が口にくわえて運ぶことに。ようやく舞い上がったその時、「もっともっと、はばたいて!さもないと、おちるわよ!」と「おしゃべりカササギ」がちょっかいを出します。小鳥にしゃべらせることで口を開かせ、「みどりのいし」を落としてしまおうとの魂胆です。小鳥が高く舞い上がる、上がってはカササギが口を出し、また落とすの繰り返しです。
「1000かぞえるあいだに、このいしは そらで、かがやきはじめるから、ずるをしないで、ちゃんとかぞえるのよ。」ずるをするのはカササギの方、5までしか数えることのできないもぐらが1から数え直しするのを知っているのです。積み上げたものが元へと戻る、ここに見えているのも「落下」です。その間にカササギは「みどりのいし」を盗んでしまいます。「なみだが、みどりのいしにおちました。」その時、「みかづきが、もぐらくんのすぐちかくまで すうっとおりてきた」、「落ちてきた」ではなく「下りてきた」のです。三日月に乗ったもぐらは、「みどりのいし」を流れ星が去った穴に。「ほらね、あそこ」、みんなが見上げるのは、地上に戻ったもぐらが指さす先に光る「みどりのいし」なのです。
「おしゃべりカササギ」、「泥棒カササギ」のために「落下」が繰り返されます。その度にもぐらの思いは高みへと登り、石は輝きを増していくのです。「みどりのほし」にこだわったのは、地中に棲むもぐらだからこそのこと。「みどりのほし」は、地中で眠っている間にもぐらが夢見つづけた空へのあこがれ、それが結晶化したものと言えるのです。

(藤田 博)


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