■ 子ども世界への誘い――センダック『かいじゅうたちのいるところ』
佐藤 哲也
この絵本の作者はアメリカの作家モーリス・センダックです(原題: Where the Wild Things Are)。1963年に出版されて以来、世界中で2000万冊以上売れているそうです。民俗学者や精神分析学者も注目する作品です。昨年、ワーナーブラザーズによって映画化されました。日本では、児童文学研究の碩学、神宮輝夫氏の翻訳が有名です(100万部を越えるベストセラーになっています)。
本書は2、3分もあれば読了できるので、「ちょっと子どもに読んであげようかな」と、仕事、家事、育児に疲れたお父さんやお母さんでも気軽に手に取ることができます。絵本の読み聞かせに不熱心(むしろ批判的!?)であった私でも、2〜3回、我が家の子どもたちに読んでやった記憶があります。
主人公マックスは、現実の世界から「異界」におもむき、再び現実世界に舞い戻ります。「おかあさん」に叱られて「しんしつ」に閉じ込められてしまうマックス。すると「にょきり にょきりと」木が生えて、波が「ざぶり ざぶり」と打ち寄せます。彼は1年と1日(意味深なタイム・スパンですね)航海して、「かいじゅうたちの いるところ」にたどり着きます。そこでマックスは「かいじゅうたちの おうさま」になります。「かいじゅうたち」を従えて、彼自身の「かいじゅう性」が解放されます。母親からたしなめられることなく、時間を気にかけることもなく、マックスは遊びに熱中していきます。「子どもは絵を読む」といわれます。見開き3ページ分、文字や余白が消えて画面いっぱいに展開するこの場面に、「ここが一番好き!」という子どもがたくさんいると聞いています。マックスと同調するかのように、子どもたちも言葉も忘れて、絵本の世界、遊びの世界に没入していくのでしょう。
「かいじゅうたち」といっしょに過ごしていたマックス。やがて「やさしい だれかさんのところ」に帰りたくなります。おまけにお腹も空いてきます。彼は「かいじゅうたちの おうさま」をやめることにします。しかし、かいじゅうたちは「おねがい、いかないで。おれたちは たべちゃいたいほど おまえが すきなんだ。たべてやるから いかないで。」と凄みます。さて、いったいマックスはどうなるのでしょうか?
この物語は、主人公マックスの視点から一貫して描かれています。彼の感情の移り変わりとともに、ストーリーが展開していきます。ふざけて、怒って、不安で、怖くて、楽しんで、さみしくて……しかし最後には現実世界(寝室)にマックスは帰ってきます。そこはお母さんの愛情が感じ取れる、居心地の良いところ。
幼い子どもたちは、マックスに感情移入をしながら、絵本を楽しんでいるのでしょう。また、忘れていた「子ども感覚」を呼び覚まされる大人もいることでしょう。とても不思議な絵本です。
※「かいじゅうたちのいるところ」/モーリス・センダック作/神宮輝夫訳/冨山房
(幼児教育講座)