■悲しみを味わう絵本、『いつでも会える』
原田 博之
宮教大に着任する以前、私は高校で教諭をしておりましたが、週末はそれ以前からの勤務先で、心理カウンセラーの仕事に当たっておりました。その仕事を通じて出会った本が、菊田まり子さんの『いつでも会える』です。書店ではおとなのための絵本として扱われていますが、1999年度ボローニャ児童賞・特別賞を受賞した作品です。
一匹の犬と飼い主との話と聞くと、飼い主から見た犬の話を思い浮かべるかもしれませんが、この絵本の主人公は犬のシロ、幼い飼い主のみきちゃんを心から慕っているという設定になっています。前半では二人の幸せな時間が流れ、突然の場面転換を経て、ある悲しみをシロが乗り越えていく過程が描かれていきます。
カーペンターズという兄妹によるデュオ歌手をご存じでしょうか。その音楽と歌声には世界中の聴き手を魅了して止まない不思議な力があり、現在もCMなど様々な場で耳にすることができます。ヴォーカリストの妹カレンは、摂食障がいのため32歳でその短い生涯を閉じましたが、幼少期に、特に母親から無条件の愛を注がれなかった反動から症状に陥ったとの見方がありました。憂いを帯びた歌声には、満たされなかった彼女の悲しみが込められていたのでしょうか。教え子の高校生たちと《Sing》を歌った時、カレンの生涯について振り返り、『いつでも会える』を一緒に読みながら、アーティストの演奏や芸術作品を通して、自らの感情を追体験することについて語り合いました。
精神分析学者の小此木啓吾は、悲しみを悲しみとして感じられることが心の健康に必要であると、『対象喪失』で述べています。そして、芸術作品の中には芸術家たちの悲哀の心理過程が豊かに表出されている、これらの作品を通して、それぞれの悲哀を芸術家たちと共有し、その助けを借りてより意味深いものとして体験し、推敲してゆくとしています。『いつでも会える』を開く度に呼び起こされる悲哀の感情は、読み手である私たちが過去に味わった対象喪失の体験が、シロの悲しみに共鳴するために起こるものなのだと思います。
人生において思わぬ悲しみに直面することは、誰にも起こりうることです。今もし大きな悲しみに打ちひしがれているとしたら、時間の経過の中でその悲しみを乗り越え、この絵本を手にとって、大切な人や愛する対象を想い起こせるまでに快復していかれることを願います。今、大切な人と一緒に過ごしている方も、この絵本を通して、相手の方の存在の大きさを改めて想うことができるでしょう。読み終わった後に優しい気持ちになれる、そんな絵本だと思います。
※「いつでも会える」/菊田まり子作・絵/学習研究社
(音楽教育講座)