■ かばん、トランク、バスケット
藤田 博
「いさむ」と書いてある大きな黒いかばんがあります。「ぼくが あくびを したら・・・かばんが くしゃみを した」のです。「とびだした ものを あつめなくっちゃ!」折り畳みの椅子、鳥かご、ラッパ、ベルト、目覚まし時計、ビニールの花、一つ一つを拾い集めます。「でも まだ だあれも とりに こない。
ねむく なっちゃった。」ここから眠りに落ち、ここからが夢の中、そう見えていて、あくびをしたところから夢は始まると考えられます。夢の中に夢があり、夢の中の自分を自分が見ていることになります。最後のページは、左手にかばん、右手にラッパを持った自分です。鳥かごとなった体の中には鳥がいます。鳥かごが自分か、鳥かごの中にいる鳥が自分かが問われることになります。その問い掛けは、「『いさむ』って だれかな?『いさむ』って だれだろう?あれっ?」と一つです。ふなざきやすこ文・うえののりこ絵『いさむのかばん』(偕成社)の、かばんを通すことで見えてくるメタ的「私」の世界です。
大金持ちであった父の遺産を使い果たした男がいます。親切な友だちが古いトランクをくれます。「なにか入れなさい」、そう言われた男に入れるものなど何もありません。そこで自分がトランクの中に入ります。アンデルセン原作・角野栄子文・スズキコージ絵『空とぶトランク』(小学館)はそう始まります。トランクは空へと舞い上がり、トルコの国に。お姫さまに「わたしはトルコの神さまです。空をとんで、あなたに会いに来たのです。」と告げます。目を見つめて珍しい話をし、お姫さまを魅了した男は、結婚の約束をとりつけます。
お姫さまの両親を前に男の話が始まります。トランクに入った男の話す「空とぶトランク」の話、その中に「ひとたばのマッチ」の話が入る、入れ子の形となっているのがわかります。結婚式の前の晩、男はトランクに乗って花火を空高く打ち上げます。結婚式の日、男は飛ぶことができなくなってしまいました。トランクに残っていた花火の火の粉で、トランクが燃えてしまったのです。お姫さまは待ちつづけています、トランクが、トランクに入った男が飛んでくるのを。屋根の上で、今でも。
小沢正作・佐々木マキ絵『すてきなバスケット』(福音館書店)では、バスケット一つを持って、ぶたとうさぎがやってきます。お腹をすかせたオオカミの目の前で、キャベツが、ニンジンがバスケットから飛び出します。ぶたもうさぎも「ころんころん」しているのは、いつでもそうして食べることができるためなのです。「きゃべつと にんじんのうち ぼくが、どっちのほうをすきか わかる?」「にんじんと きゃべつのうち、あたしが どっちのほうを すきか、わかる?」うさぎが、ぶたがうなずいた途端、キャベツが、ニンジンが飛び出すのです。奪い取ったオオカミがバスケットをのぞいてみるのですが、「なかは すっからかんの からっぽ。」「それにしても おなかが へったなあ。」
食べ物の名前を二つあげ、どっちが好きかを尋ねる、「あたったあ」とうなずくと中から飛び出してくる「まほうのバスケット」、それに気づいたオオカミときつねは、「とんかつ ひゃくまい」と「あぶらあげ ひゃくまい」を口にするのです。
夢のような気分を味わったオオカミときつねは、バスケットを隠そうとします。「きのうえと のはらのうち、おれさまが どっちに かくすほうが すきか、わかるかな。」「のはらのほうじゃ ありませんか」とのきつねの答えに、オオカミがうなずいたことで、バスケットは野原のどこかにもぐってしまいます。「せっかく すてきな バスケットを てにいれたのになあ」、残念がるオオカミときつねの声が聞こえてきそうです。
かばん、トランク、バスケットに共通しているのは、中が虚であり、空であること。何もないそこから空を飛ぶ奇跡が、油揚げが飛び出す不思議が生まれます。かばんが夢と結びつきやすいのは、自分がかばんを持っているのか、かばんが自分を持っているのかの境目が揺れてしまうからに他なりません。かばん、トランク、バスケットとは、そうした奇妙なものなのです。
※ふなざきやすこ・文/うえののりこ・絵『いさむのかばん』(偕成社)
※アンデルセン・原作/角野栄子・文/スズキコージ・絵『空とぶトランク』(小学館)
※小沢正・作/佐々木マキ・絵『すてきなバスケット』(福音館書店)
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