■ たいせつなこと
齋藤 広大
「コオロギは くろい トンと とんで ピョンと はねて チリリリ ないて なつの よるを ひとしきり うたいあげる でも コオロギにとって たいせつなのは くろい と いうこと」
この絵本はこんな文章から始まります。ページをめくった後、私は考え込んでしまいました。コオロギにとって大切なことが、なぜ “くろいということ”なのだろう。どうして、季節感を感じさせるあの歌声ではないのだろうと。コオロギと言えば、誰もが秋に聞くチリリリという独特の羽音を想像します。しかし、よく考えてみれば、その歌声はコオロギにとって生きるための営みの一部でしかないのです。コオロギは夜行性の昆虫です。暗い闇の中を活発に行動するには、 “くろいということ”が大切なのがわかるのです。
読み進めていくと、こんな文章に出会います。
「くつは あしを つつむもの あるくときに はいた くつは よるには ぬいでしまい ぬいだ くつには ほんのり ぬくもりが のこっている でも くつに とって たいせつなのは あしを つつんでくれる と いうこと」
ほんとうに ステキだね。 ともだちも いっぱい いるんでしょう?」
その通りと私は感じました。靴屋さんを覗くと、なんと多くの種類の靴が並んでいることでしょう。さまざまな色やデザイン。新しい靴を買いに行くと心が躍ります。どんなにオシャレな靴を選んでも、履き心地を確かめない人はいないと思います。靴にとって大切なのは、 “あしをつつんでくれるということ”だからです。
これを読んだ時、これまでさまざまな学校で活動を共にしてきた中学生の顔が浮かんできたのです。くせ毛が嫌で隠そうとする生徒。背が大きすぎることを気にして、わざと猫背で生活する生徒。考えていることが周りと違うことに自信が持てない生徒。できない自分を周りと比べてしまう生徒。私が共にしてきた中学生は、何かしらの悩みを抱えながら生活していたように思います。
他人の良いところにばかり目がいってしまう生徒を多く見てきました。しかし、それを見つけられるのはすばらしいことだと思うのです。他を認めることができるのは、生きていく中で大切なことの一つだからです。だからこそ、自分と向き合う生徒達にこの絵本の最終ページの言葉を贈りたいのです。
「あなたは あなた あかちゃんだった あなたは からだと こころを ふくらませ ちいさな いちにんまえに なりました そして さらに あらゆることを あじわって おおきな おとこのひとや おんなのひとに なるのでしょう でも あなたに とって たいせつなのは あなたが あなたで あること」
自分のことほど分からないものはありません。生徒達はこれから多くの素敵な出会いの中でどんどん成長していきます。ただ、焦らないでほしい。じっくり自分と向き合いながら、自分を見つけていってほしい。そして、自分の良さをしっかりと発見してほしいのです。そんな思いで、この『たいせつなこと』という絵本を紹介させていただきました。
※「たいせつなこと」マーガレット・ワイズ・ブラウン作・レナード・ワイスガード絵・
うちだややこ訳/フレーベル館
(附属中学校教諭)