■ 人の頭は、不思議な力をもっていた
吉川 和夫
ちょっと風変わりな絵本をご紹介しましょう。
「おれは歌だ」。え?あなた「歌」なんですか?「歌」が自分のことを「おれ」とか言うわけ?「おれはここを歩く」。いや、あなたが歩くのは構わないけど、「歌が歩く」ってどういうことです。歌は、教わって歌ったり聞いたりするもので、「おれは」とか「歩く」とかそういうものじゃないのでは?「おれは歌だ おれはここを歩く」。いや、待てよ、何だかあなたは「歌」のような気がしてきたぞ。それに、そう、いま歩いたでしょう。歩いているあなたが見えたような気がしましたよ…あれ?いつの間にあんなに遠くへ…おおぃ!ちょっと待ってくださいよ!
…妄想してしまいました。どうも失礼。ご紹介するのは、アメリカ・インディアンの詩による絵本です。西部劇を見たことがあるかしら。白人の保安官だか幌馬車だかに、奇声をあげながら襲いかかってくる「悪い奴ら」、これが少し前まで「インディアン」に与えられていたイメージでした。いわば「開拓を妨害する野蛮人」ですが、インディアンから見れば、白人こそ「自分たちの文化を破壊しにやってきた侵略者」だったでしょう。しかし、実際の先住民たちは、実に多彩な文化を持っていたことがわかってきました。かれらは、多様な生活様式のもとで北米、南米全土に住み、言語の種類は千以上に及ぶそうです。そして、身体的特徴がアジア的で、何万年も遡ればわたしたちアジア人と同じ祖先を持つ可能性も指摘されています。
インディアンあるいはネイティヴ・アメリカンは、文字をもちませんでした。ですから、詩はすべて口承で伝えられました。大切なものでなければ忘れられてしまうでしょう。民族が口伝えで守ってきたのは、創世神話、儀式、雨乞い、病気治療、悪魔祓い、狩猟など、生きるのに必要なものばかりでした。ことばには、「意味」だけでなく「音」があります。ことばの「音」が持つ力を、いまよりもっと、むかしの人々は信じていました。呪文は唱えられることによって「超言語」となり、ものごとを動かすのです。しかし残念なことに「音」は、紙に記録された瞬間に消えてしまいます。かれらのことばの「音」がもたらした力を知るすべはありません。それでもなお、金関寿夫氏の優れた訳業は、氏自身が伝承の鎖になろうとするかのような情熱によって、比類のない世界観を伝えています。
「黒い七面鳥が 東の方で尾をひろげる するとその美しい尖端が 白い夜明けになる」(「夜明けの歌」)
「ずっとずっと大昔 人と動物がともに この世に住んでいたとき なりたいとおもえば 人が 動物になれたし 動物が 人にもなれた。だから ときには 人だったり、ときには 動物だったり、たがいに 区別はなかったのだ。」(「魔法のことば」)
美しい絵が添えられたこの芸術的な絵本、ぜひ声に出して読むことをお薦めします。おまじないのように繰り返し読んでいるうちに、歩きまわる「歌」の姿が見えてくるかも知れませんよ!
※「おれは歌だ おれはここを歩く アメリカ・インディアンの詩」金関寿夫訳、秋野亥左牟絵/福音館書店
※「魔法のことば エスキモーに伝わる詩」金関寿夫訳、柚木沙弥郎絵/福音館書店
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