〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.16 2010年5月号
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■ かくれんぼ

藤田  博 

 かくれんぼの始まりは、じゃんけんでおにを決めること。おにになって百数える、振り向くと誰もいない、別世界に入り込んだような気分を味わうそこに、かくれんぼの魅力はあると言えます。 
 五味太郎作・絵『かくれんぼ かくれんぼ』(偕成社)の始まりは、ねずみのかくれんぼです。ねずみは、干し草の陰に隠れます。干し草と思ったものは、隠れているきつねでした。「きみも かくれんぼ してるの?ぼくも かくれんぼ してるんだ。」そのきつねが、この木の陰にと思って隠れたものは、隠れているかばでした。「きみたちも かくれんぼかい?ぼくも かくれんぼ してるんだ。」そのかばが、この岩の陰にと思って隠れたものは、隠れているぞうでした。「みんな かくれんぼ しているの?わたしも かくれんぼ しているの。」ぞうが、この山の陰にと思ったものはおにだったのです。
おにがおに役のおにに見つかり、どいてしまったことで、ぞうが見つかり、ぞうがどいてしまったことで、かばが見つかり、・・・ねずみが見つかってしまいます。いつの間にか、おにが、ぞうが、かばが、きつねが、ねずみが、それぞれにかくれんぼをしていたのです。その後、今度は一緒になってかくれんぼをしたに違いないと思われるのは、遊びとしてのかくれんぼが、大きさの違いも、強さの違いもない、水平の世界をつくり出すものだからです。
末吉暁子作・林 明子絵『もりのかくれんぼう』(偕成社)は、角を曲がり、いつもとは違う道を行く兄、その後を追いかけるけいこに始まります。けいこが生垣の向こう側に出ると、「みたこともない おおきな もりの いりぐちに たってい」るのです。木の枝を思わせる男の子、「もりのかくれんぼ」が、「もりの なかまたちと、かくれんぼしないかい」と誘います。おにになったくまに見つからないよう、息を殺してじっとしています。いつまでも見つかりたくない、それでいて早く見つかればいい、かくれんぼ特有のその気持ちを味わうけいこの耳に、「こんな ところで なに やってだよ、おまえ」、兄の声が聞こえてきます。
森でのかくれんぼは夢だったのでしょうか。けいこの手には木の枝が握られています。ということは、まちがいなく森に入ったということ、ただしそれは、「かくれんぼが したくて たまらなかったのに」とのけいこの思いが見せた夢と考えられるのです。生垣をくぐる時、スカートが小枝にひっかかってしまったことが思い出されます。小枝をつかんだその時、夢の世界に入った、小枝が「もりのかくれんぼ」になったのかもしれません。「この だんちが できる まえは、でっかい もりだったんだよ」、兄のこのことばには、かくれんぼとは、場所の移動を伴わないタイムスリップであることが示されているのです。
 マリー・ホール・エッツ文・絵・まさきるりこ訳『もりのなか』(福音館書店)の「ぼく」は、「かみの ぼうしを かぶり、あたらしい らっぱを もって、もりへ、さんぽにでかけま」す。紙のかぶとをかぶり、らっぱを吹き鳴らすのは、非日常世界に入るための合図。そうして入っていくのが森であるのは、森が特別な空間の象徴であることを考えれば必然的と言えます。森の中では、ライオンが、ぞうが、くまが、カンガルーが、こうのとりが、「ぼく」の後についてきます。「ぎょうれつだ!ぎょうれつだ!」と叫んで、さるが加わります。最後はうさぎです。うさぎが列の後ろにつかず、「ぼく」のすぐ後を行進していくのは何故でしょうか。その問い掛けへの答えは、「はんかちおとし」や「ろんどんばしおちた」では一緒に遊んでいたうさぎが、かくれんぼをしているときには、「かくれないで、じっと すわっていました」が教えてくれています。狡猾とされ、覚めているとされるうさぎは、夢の世界と現実世界の境目に立つ、それ故に隠れることがないのです。ライオンも、ぞうも、くまも、・・・そしてうさぎもいなくなり、代わりに父が姿を見せます。父の登場が「ぼく」の夢の終わりを告げているのです。
りんごが象徴するもう一つは罪の意識です。りんごと罪の結びつきは、アダムとイヴの楽園以来のもの。「罪」という抽象的意味であったラテン語malumが、りんごの意味を持っていた偶然に由来します。光沢のある外側、それでいて中は虫が食っている虫食いりんごが、外観(appearance)と内実(reality)のテーマを表すものとなることについての確認も必要です。
 ゴールズワージー『りんごの木』(岩波文庫)は、満開の白い花をつけるりんごの木から始まります。銀婚式を祝っての旅の途中、車の窓からアシャーストが目にした景色です。その下にあるのは、自ら命を断った、それ故墓地に埋葬することが許されない者の墓、アシャーストが結婚を約束したメガンの墓なのです。そこから25年前へと話は戻ります。友人と旅に出たアシャーストが足を捻挫して歩けなくなる、そのため一人残ることになったアシャーストがメガンと出会ったのは5月1日、異教の月の第一日です。メガンを捨てたアシャーストがステラ(「星」を意味する)と結婚し、「異教の地」を脱け出すのが4月30日。一めぐりする時がりんごによって象徴されているのです。同時に、満開の花をつける一本のりんごの木は、アシャーストの罪の深さを象徴したものとなっているのです。
森とかくれんぼ、夢とかくれんぼは深くつながっています。『もりのかくれんぼう』と同じ、森の中、夢の中でのかくれんぼになっていることからもそれがわかります。最初に夢、夢の中に森、その森の中でのかくれんぼ。とすれば、かくれんぼの終わりは、森から出ること、森から出ることは夢から覚めることになるのです。
※「かくれんぼ かくれんぼ」五味太郎作・絵/偕成社
※「もりのかくれんぼう」末吉暁子作・林 明子絵/偕成社
※「もりのなか」マリー・ホール・エッツ文・絵・まさきるりこ訳/福音館書店

(英語教育講座)


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