■ 大切なものの存在に気づかせてくれるこの一冊
岡田淳・著/『人類やりなおし装置』(17出版)菱川 真理子
「で、その人類やりなおし装置というのは、どういう働きをするのです?」助手の「ぼく」が教授に聞きます。いつもはいきあたりばったりの研究ばかりしている教授が、今回に限っては様子が違います。「人類は、花と緑のなかで、もういちど最初からやりなおすのじゃ」と、どうやら本気で人類のための研究をするつもりのようです。「人類やりなおし装置」から出る波に触れたものは、すべて植物に変わるのです。銃も、ロケット弾も、戦車も、自動車も、お金も、学校も。「ぼく」は「なにもかもまとめて、いっぺんに、ぱっと解決」できるこのアイデアに舌を巻きます。世界をつくる神様にでもなった気持ちになるのです。
研究を進めるにつれて、教授は何度も壁にぶつかります。いつもなら、一度失敗すると止めてしまうはずが今回はへこたれません。その研究の途中、「ぼく」は気づくのです。水道、トイレ、病院、空気、人間…「とりかえしのつかないものを花や木にしてしまうのではないか」と。「ぼく」は植物にしてはいけないものを書き止め始めます。「もうほかに植物にしてはいけないものはないか――」、そのことしか考えられないようになってしまうのです。「ぼく」には、自分たちのしていることが「罪もない人を、いっぺんに、ぱっと殺してしまう」ことと思えてきたのです。「人類やりなおし装置」は完成します。それでも研究は失敗に終わるのです。
「生きていくのに必要なもの」を誰でも一度は考えたことがあると思います。しかし、考えれば考えるほどたくさん浮かんできて、行き詰ってしまいます。なくてはならない大切なものは数え切れないほどたくさんあるからなのです。そしてそれは一人ひとりみな違います。世界中に自分とは違う人が数え切れないほどいて、それぞれに数え切れない大切なものがある――数え切れないものは、数えられないのです。その数え切れないものを数える「ぼく」は、私たちに「世界中の人それぞれがもっている大切なものの存在」を教えてくれます。自分に大切なものがあるように、誰かにも大切なものがある。そう考えることで、優しくなれる気がしてきます。「人類やりなおし装置」がすべての人の心をリセットしてくれるのです。
(数学教育専攻3年)