〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.11 2009年7月号
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■ いすが動いた・・・

藤田  博 

 いすが海を見つづけています。病院のベッドからひろくんがそのいすを見ています。山下明生作・渡辺洋二絵『はまべのいす』(あかね書房)です。見ているいすを見ているひろくんの二重構造は、入院中でそうするしかないひろくんによってつくられるもの。早く退院し、外に出たい、その思いが強ければ強いだけ、いすへのまなざしも強くなります。かもめがいすの周りに集まってきます。あかちゃんを抱いたお母さんが座ります。黄色いちょうちょが止まります。学校帰りの子どもたちには、馬になったり、自動車になったりします。いすの周りに集まるそうした人やものにつながりはありません。一つのいすが引き寄せる、それによってつながりが生まれるのです。「はまべのいす」であるのは、浜辺が境の空間、それ故に出会いをもたらし、変身をもたらす空間だからなのです。
 おおきいの、ちいさいの、ふるいの、あたらしいのとたくさんのいすが砂浜にやってきます。その点で、妹尾猶作・ユノセイイチ絵『いすがあるいた』(こぐま社)は、『はまべのいす』と同じ形になっています。「いつも こしかけられてばかりいるから きょうは みんなで こしかけっこをやろうよ。」のさかさまの遊びが行われるのは、そこが変身の空間だからに他なりません。朝食のためいすに座ろうとして、「おや ぼくの いすに こんなものが。」ときれいな小石を手にする男の子、「あら わたしのにも。」ときれいな貝がらを手にする女の子は、寝ている間にいすが砂浜まで歩いていったことを知らないのです。
 森山京作・スズキコージ絵『いすがにげた』(ポプラ社)は、「おや、まあ、いすが ない!」のおばあさんの驚きに始まります。のらねこが、「あいつなら、さっき にげてった」と教えてくれます。「いすが にげるなんて、そんな・・・」とおばあさん。ぶたが、「ついさっき、おれを またいで、あっちへ いった」と教えてくれます。「いすの ぶんざいで、にげようだなんて」とおばあさん。うさぎが、「たったいま、すれちがったとこさ。」と教えてくれます。「なんて、ひとさわがせな いすだろう。」とおばあさん。おばあさんから逃げようとしたいすは、川の泥にはまって動けなくなります。それを引き上げようとするおばあさんは、いすもろとももんどりうって倒れ込みます。二人並んで横になって、おばあさんは、「おまえとも、ずいぶんながいつきあいに なるねえ」と言います。そう言ってなでさするのです。「うんと、とっちめてやらなくちゃ」が、なでさするへ変わるのです。おばあさんは、「とっとと いっておしまい」、そう言っていすを行かせます。家に戻ったおばあさんが驚きの声をあげます。いつもの場所にいすが戻っていたのです。いすに座ったおばあさんは、すぐに寝息を立て始めます。話しの終わりが夢の始まり、ということは、終わりが始まりへと戻り、全体がおばあさんの夢の中であったことを示すものかもしれないのです。
 香山美子作・柿本幸造絵『どうぞのいす』(ひさかたチャイルド)にあっていすは動きません。動かないいすが、動かないことによって動きをつくり出すのです。ろばはそこに座る代わりにどんぐりの入ったかごを置きます。どんぐりを食べてしまったくまは、「からっぽにしてはあとのひとにおきのどく」と、代わりにはちみつのびんを置きます。はちみつをなめてしまったきつねは、「からっぽにしてはあとのひとにおきのどく」と、代わりに焼きたてのパンを置きます。「からっぽにしてはあとのひとにおきのどく」と、代わりにくりを置いたのはパンを食べてしまった10匹のリスです。昼寝をしていたろばが目をさまします。どんぐりがくりに変わった、ろばの目にはそう見えます。ろばは木の下で眠っていました。次々とやってきて「交換」して去っていくのは、ろばの夢の中のことではない、現実となります。現実であることが強調されることによって、後の人のことを思う思いやりが強調されているのです。いすを作ったのはうさぎです。うさぎは「どうぞのいす」の立て札を立てることを思いつきます。このときうさぎは、「どうぞのいす」に二つの意味があることがわかっていたのでしょうか。

 
※「はまべのいす」山下明生・作/渡辺洋二・絵/あかね書房
※「いすがにげた」森山京・作/スズキコージ・絵/ポプラ社
※「どうぞのいす」香山美子・作/柿本幸造・絵/ひさかたチャイルド

(英語教育講座)


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