■ 優しい気持ちになれるこの一冊
新美南吉・作/黒井 健・絵『手ぶくろを買いに』(偕成社)鈴木 友絵
きつねと聞くと、「人を化かし、騙す」「ずるがしこい」などといったイメージが思い浮かびます。こうした印象に基づいて作られ、人間ときつねの確執を扱った作品は少なくありません。このせいか、きつねは悪者のイメージが強く、幼少時の私にとって好ましい動物ではありませんでした。しかし、このイメージを払拭してくれる、優しい気持ちになれる作品があります。それが新美南吉『手ぶくろを買いに』です。
寒い冬の朝、母さんぎつねは子ぎつねに毛糸の手袋を買ってやろうと思いつきます。しかし、夜、町へ出かける途中、母さんぎつねは人間に追い立てられたことを思い出し、足が止まってしまいます。そこで、子ぎつねの片手を人間の子どもの手に変えます。町の帽子屋へ行って戸を開けてもらうこと、その戸の隙間から手を差し入れ、この手に合った手袋をちょうだいと言わせることにするのです。人間は恐ろしいものなのだということを言い聞かせ、子ぎつねをひとりで町に行かせます。にもかかわらず、子ぎつねは、間違って言われた方の手でなく、きつねの手を帽子屋に見せてしまいます。帽子屋は子ぎつねに手袋を渡してくれたでしょうか。
帽子屋が、子ぎつねの持ってきた白銅貨が木の葉でなく、本物のお金かどうかを試す様子、母さんぎつねが子ぎつねの話を聞いて、「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら。」と繰り返しつぶやく様子など、人間ときつねが信用し切ることのできない様子は描かれています。しかし、きつねと人間の二つの世界を隔てているものは、子ぎつねの無邪気さ、愛らしさによって、揺れています。子ぎつねが人間の親子を見て母さんぎつねが恋しくなるところを読むと、親が子を、子が親を想う気持ちに違いなどないのだと考えさせられるのです。
(学校教育専攻3年)