〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.7 2008年11月号
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■ 一個のりんごから

藤田  博 

 「りんごに とって たいせつなのは たっぷり まるい と いうこと」(マーガレット・ワイズ・ブラウン『たいせつなこと』(フレーベル館))なのです。しかし、ただ丸いだけではりんごを特別な果物とするには不十分です。りんごの魅力は、左右に放物線を描きながら内へ内へと巻き込む、孔が二つあるその独特の形にあるのです。それがなければ、「鐘りんごん 林檎ぎんごん 霜の夜は 林檎のなかに 鐘が鳴るなり」(小島ゆかり)と詠われることもなかったはずです。りんごをバナナやブドウに置き換えることはできないということです。りんごが円環的時間の象徴となるのも、その形によるところが大きいと言えます。
 ブルーノ・ヘヒラー文、アルブレヒト・リスラー絵『フーベルトとりんごの木』(講談社)には、りんごの木の大好きなフーベルトが、りんごの木とともに暮らした様が描かれています。「フーベルトは いつしか、すっかり 腰の 曲がった おじいさんに なって いました。でも、毎日、庭の りんごの木を ながめる たのしみは あいかわらずです。」「やがて 窓辺に 雪が 舞いはじめました。・・・フーベルトも 木も、春の 夢を 見ながら、深い 深い 眠りに おちて いきました。」りんごの赤と雪の白とが重なり合う、その中に長い時間が、再生へとつながる円環的時間が感じられるのです。
 ライオンの王アスランから、「ナルニアのそと、西の荒野」の果樹園にあるりんごの木からりんごを一つもぎ取ってくるよう命令を受けたディゴリーは、取ってきたそのりんごを病気の母に食べさせます。母の病気は奇跡的に回復します。食べたその種を庭に植えると、りんごは芽を出し、大きくなります。C.S.ルイス『ナルニア国ものがたり』の第6巻『魔術師のおい』におけるりんごです。やがて倒れてしまったその木から作られたのが、長い物語の入り口、と同時に、ナルニア国への入り口となった衣装だんす、ルーシーが通り抜けた第1巻『ライオンと魔女』における衣装だんすなのです。時間が大きく前後する全7巻のこの物語にあって、時間を貫く役割をアスランとともにりんごが果たしているのです。
 宮沢賢治にあっても、りんごは時間を貫くものとしての役割を与えられています。汽車という時間を象徴するものとりんごの結びつきです。汽車の中で食べるりんごについて考えることは、『銀河鉄道の夜』での「苹果」(賢治による表記)を考えることと直結します。「『何だか苹果の匂いがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。』カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。」その「カムパネルラの頬は、まるで熟した苹果のあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。」カムパネルラはこの時すでに死んでいます。水に溺れた友だちを助けようとして、自ら命を投げ出したのです。りんごのように頬が赤いカムパネルラは、りんごそのものなのではないでしょうか。
りんごが象徴するもう一つは罪の意識です。りんごと罪の結びつきは、アダムとイヴの楽園以来のもの。「罪」という抽象的意味であったラテン語malumが、りんごの意味を持っていた偶然に由来します。光沢のある外側、それでいて中は虫が食っている虫食いりんごが、外観(appearance)と内実(reality)のテーマを表すものとなることについての確認も必要です。
 ゴールズワージー『りんごの木』(岩波文庫)は、満開の白い花をつけるりんごの木から始まります。銀婚式を祝っての旅の途中、車の窓からアシャーストが目にした景色です。その下にあるのは、自ら命を断った、それ故墓地に埋葬することが許されない者の墓、アシャーストが結婚を約束したメガンの墓なのです。そこから25年前へと話は戻ります。友人と旅に出たアシャーストが足を捻挫して歩けなくなる、そのため一人残ることになったアシャーストがメガンと出会ったのは5月1日、異教の月の第一日です。メガンを捨てたアシャーストがステラ(「星」を意味する)と結婚し、「異教の地」を脱け出すのが4月30日。一めぐりする時がりんごによって象徴されているのです。同時に、満開の花をつける一本のりんごの木は、アシャーストの罪の深さを象徴したものとなっているのです。
※「フーベルトとりんごの木」ブルーノ・へヒラー文/アルブレヒト・リスラー絵/木本栄訳/講談社
※「魔術師のおい」C.S.ルイス作/ボーリン・べインズ絵/瀬田貞二訳/岩波書店

(英語教育講座)


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