■ 自分自身への旅
菅井 裕行
読後の余韻にひたりながら、はたしてこの絵本は本当に子ども向けの作品なの?といぶかしく思う自分に気が付く、そのような経験をした人は少なくないのではないでしょうか?私にとって『ミシュカ』はそういう本の一冊です。
お話はシンプルで、かつ明快です。熊のぬいぐるみミシュカは、あきっぽく後かたづけのできない女の子のおもちゃとして登場します。そして、もうこれ以上いじわるな女の子のいいなりになるのは「嫌だ!」と思って、暖かな部屋から寒い雪の中へ飛び出します。「もうぜったいおもちゃのくまなんかにならないぞ」と一人つぶやきながら。道すがら、ミソサザイや蜂蜜の瓶そして2羽のガンに出会い、ミシュカの心は躍ります。ミシュカはクリスマスが近いこと、そしてクリスマスには何かひとついいことをしなければならないことを知り、自分も何かしようと思いつつ雪深い森を旅するうちに子ども達にプレゼントを配るトナカイに出会います。そしてトナカイのお手伝いをすることになるのです。楽しくて仕方がないオモチャ配りですが、でもこれでいいことをしていることになるのか?自問しつつ、とうとう一番最後に病気の男の子が一人寝ている家にたどりつきます。そこで、大きな袋の中にあったオモチャをすべて配りつくしてしまったことに気が付くミシュカ。そのミシュカをトナカイは澄んだ目でじっと見つめます。ここから続く9行の文章で、緊張を孕んだ、しかし静かで透明な時間が描かれるのです。頁をめくると、ミシュカが自らオモチャとして男の子の足下に座り朝を待つシーンが描かれています。セリフはありません。さらに1頁めくるとそこにはミシュカのアップが描かれ、物語は閉じられるのです。その印象的なミシュカの顔。
今年の新入生合宿において、グループごとに自由討論の時間があり、そこではひとつの「テーマ」として「愛」という言葉が与えられました。私はその場でこのミシュカの読み聞かせを行い、学生諸君に自由に話し合ってもらいました。活発な議論になったと思います。学生の共通した見解は、ミシュカの自己犠牲が愛ではないか、というものでした。うむ。誰からも否定意見は出ません。けれどそれだけではなにか物足りない、全員がそういう顔をしています。なにか。それこそが、この作品のテーマであろうかと思います。最後の頁のミシュカの顔に私はそれを読みます。原本を描いたロジャンは、大戦時ドイツに占領されたフランスから米国へ移住した人、作者マリイは施設でのケアワーカーという職歴のある人。そしてこれは、フランス新教育運動の中で作られたカストール文庫の1冊でもあるのです。
※「ミシュカ」マリイ・コルモン文/ジェラール・フランカン絵/末松氷海子訳/セーラー出版
(特別支援教育講座)