〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.6 2008年9月号
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■ 忘れかけているものに気付かせてくれるこの一冊

たつみや章・作『ぼくの・稲荷山戦記』(講談社)

斎藤 愛美

 小さい頃から、本が好きでした。ふとした瞬間、日常世界と異界とが溶け合って、わくわくする世界がぽっかりと口を開けるところがたまらなく好きでした。そうした日常世界から不思議の世界へと導いてくれるのが『ぼくの・稲荷山戦記』です。
 奇妙な青年、実は稲荷山の使いのキツネである守山さんが、マモルの家に下宿をすることから物語は始まります。それまでどこか無気力で、冷めた心を持っていたマモルが、どうにも憎めない人々と共に、稲荷山の祭神ミコトさまを守るために、稲荷山と遺跡がレジャーランドとして開発されることへの反対運動に奔走していきます。その姿には、子どもであるが故の強さと脆さが描き込まれていて、私も自分にできることを何かしたい気持ちにさせられました。
 人間は自分の力を過信してしまう生き物です。そのために見えなくなっているものが多くあるのです。見ようとしなければ見えないものの尊さは、見えた者にしか分かりません。本来、人は他の何ものより見る力、信じる心を持っています。けれども、普段の暮らしに流されて、それを忘れてしまっているように思います。この本は、忘れかけているその心に気付かせてくれました。悔しさを次に繋げていこう、懸命にやったことは無駄には終わらない、自分にできることを全力でやるのは尊い、それらのメッセージが、個性的な登場人物のことばと行動の中に散りばめられていて、いつ読んでも違う学びが生まれます。本当に必要なことは何なのか、大切にしなければならないのは何なのかを考えさせられます。勧善懲悪の形では終わらない結末、それでいて「これから」に希望を感じさせてくれる結末に、人類に課せられた宿題の重みを感じるのです。いつでも、人は自然によって生かされているのですから。
 

(国語教育専攻3年)


■ 新刊紹介

オルガ・ルカイユ文/絵、こだましおり訳『こねずみディディ・ボンボン』(岩波書店)

 森の中で野いちごつみをしていたねずみのディディは、おおかみにつかまり、食べられそうになります。「よし、おまえを たべてやるぞ!」大きな口を開けたおおかみがディディに迫ります。ディディは食べ物をつくって食べさせることを思いつきます。得意のボンボンづくりの技を発揮するのです。そこにひなげしを入れる思いつきが加わります。催眠効果のあるひなげしを食べたおおかみは、「まるたんぼうで がつんと なぐられたみたいに」眠ってしまうのです。おおかみの家の扉にかぎをかけ、大慌てで逃げ出します。逃げる途中、かぎを沼に投げ込んだディディは、家へ戻りすやすやと眠りにつくのです。
 これをディディの見た夢ととらえることはできるでしょうか。眠る気になれないディディは、パパへのボンボンづくりの野いちご、ママへの花をつむため外へ出ます。窓から出たのは、さし絵からと同時に、上ばきをはいてであったことからわかります。内と外の境を象徴するものとしての窓、内ではき、外ではいてはいけない上ばき、二つが同じことを示しているのは明らかです。
 「はじめのうち、ディディはもりのなかに はいらないように ようじんしました。」森は入ってはいけない禁止が働く場所だからです。それだけ誘惑の強い場所であることも意味します。「こっちの のいちごをひとつ、あっちののいちごを ひとつとり、こっちで ひなげしをいちりん あっちで もういちりん」、このリズムによって、ディディは眠りに落ちかけているとの理解はできないでしょうか。なくしてしまった赤い小さなうわばき、その片方を探すため森の奥へと入っていきます。片方であることによって、夢との境に立つディディが意識されている、眠りへ落ちていくということです。ひなげしはディディがおおかみを眠らせるために使ったものですが、眠ってしまったのは自分の方なのです。
 家をめざして闇夜の中を駆け出したディディは、赤い上ばきの片方をまたなくしてしまいます。最後に、「あの あかい うわばきは、というと、たぶん もう 見つからないでしょうね。」と書かれているのは、元々なくしてなどいなかったからなのだと思えるのです。帰ってきたディディは、急いで窓を閉めるとぐっすりと眠ります。食べられそうになった怖い思いをしたにもかかわらずではなく、怖い思いをしたからそうできる、それも夢であったことを伝えているのです。

(藤田 博)


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