■ 忘れかけているものに気付かせてくれるこの一冊
たつみや章・作『ぼくの・稲荷山戦記』(講談社)斎藤 愛美
小さい頃から、本が好きでした。ふとした瞬間、日常世界と異界とが溶け合って、わくわくする世界がぽっかりと口を開けるところがたまらなく好きでした。そうした日常世界から不思議の世界へと導いてくれるのが『ぼくの・稲荷山戦記』です。
奇妙な青年、実は稲荷山の使いのキツネである守山さんが、マモルの家に下宿をすることから物語は始まります。それまでどこか無気力で、冷めた心を持っていたマモルが、どうにも憎めない人々と共に、稲荷山の祭神ミコトさまを守るために、稲荷山と遺跡がレジャーランドとして開発されることへの反対運動に奔走していきます。その姿には、子どもであるが故の強さと脆さが描き込まれていて、私も自分にできることを何かしたい気持ちにさせられました。
人間は自分の力を過信してしまう生き物です。そのために見えなくなっているものが多くあるのです。見ようとしなければ見えないものの尊さは、見えた者にしか分かりません。本来、人は他の何ものより見る力、信じる心を持っています。けれども、普段の暮らしに流されて、それを忘れてしまっているように思います。この本は、忘れかけているその心に気付かせてくれました。悔しさを次に繋げていこう、懸命にやったことは無駄には終わらない、自分にできることを全力でやるのは尊い、それらのメッセージが、個性的な登場人物のことばと行動の中に散りばめられていて、いつ読んでも違う学びが生まれます。本当に必要なことは何なのか、大切にしなければならないのは何なのかを考えさせられます。勧善懲悪の形では終わらない結末、それでいて「これから」に希望を感じさせてくれる結末に、人類に課せられた宿題の重みを感じるのです。いつでも、人は自然によって生かされているのですから。
(国語教育専攻3年)