〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.6 2008年9月号
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■ 夜、夢を見る

藤田  博 

 人間が恐れを抱く三つの大きなものがあります。闇、落下、蛇です。落下と蛇への恐怖がなくなることはないものの、闇の恐怖、少なくとも夜がつくり出す闇については、恐れを抱くことがなくなっています。夜を手なづけ、飼い慣らしてきた結果です。夜の闇を追い払う照明の歴史が、そのまま文明の歴史となり、物質的豊かさを手にしてきた歴史となってきたのを考えればわかります。しかし、引き換えに失ってしまったものが多くあります。心の豊かさはその一つです。闇に親しみを抱き、闇に棲む妖怪とともに暮らしていた時代は、貧しくはあっても、豊かな感受性を、そして夢を育ててくれた時代であったということです。いま絵本の中に闇が描かれ、夢が描かれるとすれば、追い出してしまった闇の持つもう一つの面、やさしさやあたたかさを探り出してみようということなのかもしれません。
 デヴィッド・ウィーズナー『かようびのよる』(ベネッセコーポレーション)の始まりは、「かようびよる8時ごろ」。おびただしい数のカエルが、ハスの葉に乗りやって来ます。夢以外ではあり得ない異様な光景です。異様さが際立つのは、土曜日でもなく、日曜日でもない、火曜日だからと言えます。次の日の朝、まだ水のしたたるハスの葉が道路にたくさん発見されます。昨夜のことが夢でなかったのを示すこれが「証拠」とすると、現実と夢の境が見えなくなります。それが「つぎのかようびよる7時58分」へとつながります。ぶたがふわふわと空に浮かび始めるのです。
 モーリス・センダック『まよなかのだいどころ』(冨山房)の最初のページにはベッドが、最後のページにもベッドが描き込まれています。ベッドの脇にはおもちゃの飛行機がぶら下がっています。それによって、両者に挟まれた部分がミッキーの見た夢であるのがわかります。ミッキーはその飛行機に乗って夢の中に行ったのです。それとも夢の中で飛行機に乗ったと言うべきでしょうか。ふわふわと軽くなったミッキーの体が向かった先は台所、「おりた ところは あかるい まよなかの だいどころ」でした。ベーキングパウダーがあるのが台所、それによって夢の世界は大きくふくらむのです。台所であるもう一つの理由は、そこは「まいばん、パンやさんたちが よるもねないで ぼくらのために あさのケーキをやいている」ところだからです。「よるもねないで」の非日常性、「まいばん」の日常性、両者が交錯するのが夜の台所なのです。
 最初のページはぬいぐるみのくまと一緒に寝ている「ぼく」、最後のページもぬいぐるみのくまと一緒に寝ている「ぼく」、酒井駒子『よるくま クリスマスのまえのよる』(白泉社)はセンダックと同じ形になっています。「やぁ、よるくまだ。あそびにきたの?」くまが、ドアの向こうにやって来ます。「ぼく よるくまに サンタさん してあげようか」、サンタを待って眠る「ぼく」がくまにプレゼントをする逆の形になっています。飛行機に乗った二人はくまの家へ、そこでくまは飛行機から降ります。「よるくまは もう ねるじかんなのか・・・」、母ぐまにだっこされて眠るくまを窓の外から「ぼく」が見ている、絵に枠がつけられていることからも、男の子の夢の中にもう一つの夢があるのがわかるのです。プレゼントを夢見て眠るその「ぼく」にプレゼントが届きます。中身がくまのぬいぐるみに思えてしまうのはなぜでしょうか。
 夜は夢と結びつき、夢は森と結びつきます。夜と夢と森の三つがあるマリー・ホール・エッツ『もりのなか』(福音館書店)の世界です。 「かみのぼうしをかぶり ラッパをもって」森に散歩に出かけた「ぼく」の後を、ライオンが、二匹のぞうのこどもが、二匹の大きな茶色のクマが、父と母と子のカンガルーが、灰色のこうのとりが、二匹のさるが、そしてうさぎがついてきます。「ぼく」のラッパに合わせて整然と行進するのです。あり得ないその秩序だった世界は、でたらめの反秩序の世界と背中合わせで一つのもの。暗い森の中、夢の中ならではのことを示しています。最後に父が出てくるのは、「父」が現実の規則を象徴するものだから。それによって「ぼく」は現実世界へと引き戻されるのです。
 
※「まよなかのだいどころ」モーリス・センダック作/じんぐうてるお訳/冨山房
※「よるくま クリスマスのまえのよる」酒井駒子作/白泉社
※「もりのなか」マリー・ホール・エッツ作/まさきるりこ訳/福音館書店

(英語教育講座)


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