〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.4 2008年5月号
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■ 食べること・食べられること

藤田  博 

  食べるとは、食べられるものと食べられないものを区分けする、それによって食べられるものを選び出す行為です。そこでは同時に、食べられないものと食べることはできても食べないものの区分けもなされています。前者が、物理的区分け(石は食べられないといった)であるのに対して、後者は、文化的区分け(ある村にあって、祭日には食べてはいけない、逆に祭日にだけ食べていいとされてきたもの)です。食べるとは、周囲にある「物」から「食べられるもの」を、「食べられるもの」から「食べもの」を分離する作業と言えるのです。そこでは、外なるものを内に入れるに当たって、入れていいものと入れてはいけないものの区別が常に意識されている、内と外との境が問われているのです。
 外なるものを内へと入れる「食べる」ことに、境目としての口が関わるのは当然です。大きなもの、大きな口を持った大きなものが、小さなもの、小さな口を持った小さなものを腹の中へ取り込みます。小さなものでも、大きな相手を小さくすれば取り込むことは可能となります。自分をどう大きくし、相手をどう小さくするか、それによって物理的大小を引っくり返す力が生まれるのです。
 レオ・レオニ『スイミー』(好学社)では、小さな魚のスイミーが仲間を集めて、大きな魚に見せかけます。知恵を働かせることで大きな魚に飲み込まれないようにする、更にはやっつける。それを可能にする小さなものは、大きなもの以上の力を持っているということなのです。宮西達也『はらぺこおおかみとぶたのまち』(すずき出版)も同じです。「ぶたのまち」の食堂のメニューには「おおかみラーメン」に「おおかみしゅうまい」が、本屋の店先には「おおかみをおいしくたべるほうほう」に「おおかみをかんたんにつかまえるほん」が並べられているといった具合です。知恵を使って、強い大きな口を持ったおおかみに恐怖心を与え、食べられないようにする、やっつけてしまうという意味からは、逆に食べてしまうのです。
 ありこのありこが、かまきりのきりおに飲まれ、そのあとかまきりが、むくどりのむくすけに飲まれ、そのあとかまきりとむくどりがやまねこのみゅうに飲まれ、そのありとかまきりとむくどりとやまねこが、くまのくまきちに飲まれます。これが石井桃子『ありこのおつかい』(福音館書店)の世界です。その一つ一つが同心円状に描き出されることによって、飲み込み、飲み込まれるが一目でわかる形になっています。大きなくまが飲み込んだその後で、順にはき出されるのは言うまでもありません。小さなものが大きなものに順に飲み込まれる、その大きなものを最初の小さなものが飲み込むとすれば、瀬田貞二『おなかのかわ』(福音館書店)や、うえののりこ『ぞうのボタン』(冨山房)といった、驚きを伴った大・小の反転へとつながることも見えています。
 槇ひろし『くいしんぼうのあおむしくん』(福音館書店)では、あおむしくんが帽子を飲み込み、パンを飲み込み、チョコレートを飲み込み、…まさおのパパとママを飲み込みと、次々飲み込んでいきます。最後には、まさおまで飲み込んでしまうのです。しかし、まさおの飲み込みはそれまでのものとは意味を異にしています。まさお一人ではさびしい、かわいそうと思ったから飲み込んだ、友だちだから飲み込んだのです。「そらと おなじいろをした へんなむしが、まさおの ぼうしを たべていました。」で始まり、「そらは あおく あおく すきとおった あおむしくんの おなかのなかのいろでした。」で終わるこの絵本は、すべてまさおの夢の中のできごとであることが暗示されています。とすれば、まさおを飲み込んだあおむしくんはまさおに飲み込まれていたことにもなるのです。
 少年が橋を渡りながら落としたチョコレート、その小さなかけらを魚が食べます。もう一度食べたいと思い続けながら魚は死んでしまいます。それから長い年月が経ち、「きがつくとぼくは少年だった チョコレートのすきな少年だった」のです。その少年が落としたチョコレートのかけらを魚が食べる…。みやざきひろかず『チョコレートをたべたさかな』(ブックローン出版)は、飲み込み、飲み込まれるの関係から作り出されるエンドレスの世界、飲み込み、飲み込まれるが無限に連なるエンドレス特有の奇妙な感覚に襲われるのです。
※「スイミー」レオ・レオニ作・絵/谷川俊太郎訳/好学社   
※「ありこのおつかい」石井桃子作/中川宗弥絵/福音館書店 
※「くいしんぼうのあおむしくん」槇ひろし作/前川欣三画/福音館書店

(英語教育講座・図書館運営委員会委員)


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