■ 科学絵本と環境教育のあいだ
いせひでこ作『ルリユールおじさん』(理論社)
溝田 浩二
昆虫や自然を題材とした環境教育に取り組んでいる私が、日頃いちばん大切にしていることは、ワクワク、ドキドキする心を失わないこと。
しかし、雑務に忙殺される余裕のない生活を送っていると、そういう基本的なことすら忘れてしまいそうになることがあります。
そんなとき、心の中をリセットしてくれるのが、摩訶不思議な自然の世界を、素直に、明るく、わかりやすく伝えてくれる科学絵本や子ども向けの図鑑です。
今は本屋さんや図書館に行けば、楽しい科学絵本や図鑑が溢れていますから、私自身はもちろんのこと、最近の子どもたちは本当に幸せだと思います。
ところが、科学絵本や図鑑の充実ぶりとは裏腹に、子どもたちの理科離れの傾向はむしろ加速しています。
昆虫少年、科学少年は、身近な自然や虫たちが減っていく以上の速度で、絶滅へと向かっているかのようです。
子どもたちが自然や虫を嫌いになってしまったわけでは、決してありません。少なくとも、私が関わった自然観察会に参加した子どもたちは、みんな、虫や自然と戯れることが大好きでしたから。
残念なことに、忙しない現代社会は、そんな少年・少女の興味や関心の継続すら許してくれません。
子どもたちは「自然に関心を抱く」という通過儀礼を経ないまま、興味や関心はどこかに置き忘れて“オトナ”になるのです。
虫を飼うのが好き、星を眺めるのが好き、花を育てるのが好き、石を集めるのが好き…といった類の子どもを本当に大切に育てていかなければ、どんなに優れた科学絵本がつくられたとしても、まったく意味がないと思います。
丁度そんなことを漠然と考えているときに出会った絵本が、『ルリユールおじさん』(いせひでこ作・理論社)。
植物図鑑がぼろぼろになるまで使い込むほど樹木のことが大好きな少女・ソフィーと、彼女の大切な植物図鑑を熟練の手仕事で美しく甦らせてくれる老人・ルリユール(製本職人)との心温まる交流を描いた物語です。
物語は、「おじさんのつくってくれた本は、二度とこわれることはなかった。そして私は、植物学の研究者になった。」というフレーズで終わります。
ここで重要なのは、ソフィーは、本が好きだから植物に興味を持ったのではなく、植物が好きだからこそ(知的好奇心を満たしてくれる)本も愛するようになったということ。
すなわち、子どもの探求心や知的好奇心を育むには、すばらしい科学絵本や図鑑は必要条件ではあっても、十分条件ではないことを示しています。
絵本を与える以前に、子どもたちに体験させておきたいことはあまりにも多いように思われます。
(環境教育実践センター)