■ 絵本と音の世界
エリック・カール作・工藤直子訳『だんまりこおろぎ』(偕成社)
猪平 眞理
絵本は読み聞かせられる言葉と想像を深める絵の世界が一体となって子どもを楽しませます。
この本の文章はリズミカルで、ページをめくるたび
こおろぎぼうやも
あいさつしたくて
ちいさな はねを こしこしこし
でも あらら
おとが でないよ うたえない
のフレーズでくくられて進んでいきます。子どもはそれを自然に口ずさみ、大人も共に乗せられてメロディーのような心地よさを味わいます。
子どもは同時にエリック・カールの色彩豊かな画面いっぱいに拡がる草、木、花と虫たちの絵に魅せられながら、
主人公のかわいいこおろぎに同化して、次々に出てくる虫たちとの出会いにわくわくする体験を重ねます。
そうして最後のページにサプライズが…。
実はここで本物のこおろぎの鳴き声が聞こえるのです。それまで“こしこしこし”が続き、
こおろぎの鳴き声が切望される中で聞かされる、何とも効果的な演出です。そっと奥ゆかしく、
「リーリーリー」と綺麗な音色、絶妙なタイミングでの響きはこの絵本を何度読んでも味わえる楽しさです。
私は専門科目としての視覚障害教育の講義の中で、視覚を補う手段は聴覚や触覚を活用することだと話します。
視覚障害児にとっての絵本は視覚世界の理解に困難を生ずるため、
テープやCDなどによる録音絵本や布や紙などさまざまな触覚素材で表す触る絵本などとして工夫されて作られています。
また、近頃では点線や浮き出た線図によってバリアフリー絵本としても身近に出版されるようになりました。
そのような特別の配慮が施された絵本も用意される中で、
『だんまりこおろぎ』は視覚障害のあるお子さんにとっても身体を震わせて狂喜してしまうような魅力をもっています。
大げさではないさりげない仕掛けが心に染みる魅力にもなる、どんな友達とも同じ絵本で楽しさを共有することができる、
そうしたモデルになる絵本として授業の中で実際に読み聞かせをして紹介しています。
学生の皆さんからは毎回、是非自分の手に持ってゆっくり楽しみたいとの感想を寄せてもらっています。
(特別支援教育講座)