〜カムパネルラとは〜
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニと旅をする
友人なのは言うまでもありません。絵本が開く異世界
への道案内人としての意味を込めたものです。
Vol.2 2008年1月号
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■ 絵本のなかに降る雨は・・・

藤田  博 

 晴れと雨とどっちがいいと聞かれれば、大半の人が晴れと答えるのではないでしょうか。雨が降ることでもうかるような仕事をしている人は別にして。それが晴れを雨に優先させて考える結果を生み出しています。「きょうは天気がいい」という言い方に表れているものです。ニュートラルであるはずの「天気」が、晴れの意味だけに使われているのです。大人の世界での考えがそうなら、大人の(ひとまずそう言っておきます)文学での雨は、決まって重く、陰鬱です。ヘミングウェイの『武器よさらば』に降る雨、モームの『雨』に降りつづける雨、ハーディの『テス』で、テスに濡れかかる雨また然りです。
 子どもの世界でなら違います。雨を心待ちにする気持ちがあふれているのです。初めてのかさをさし、初めての長ぐつをはいてとなればなおのことそう。やしまたろう『あまがさ』(福音館書店)では、モモが雨の日を待ちこがれています。ようやくやってきた雨の日、もものかさにあたる雨は「ぽんぽろ ぽんぽろ ぼろぼろ ぽんぽろ」と音を奏でます。町の様子がいつもと違って見えてきます。大きくなったモモは「その日」を忘れてしまっています。しかし、忘れているのではないのです。体の奥深く眠っているのです。「おぼえていても いなくても、これは、モモが うまれて はじめて あまがさを さした ひだったのです。」それだけ大事な思い出となっているのです。ピーター・スピアー『雨、あめ』(評論社)は、晴れた日には見られないこと、経験できないことにあふれています。そこには発見があり、驚きがあります。次の日の朝、子どもたちの寝室のカーテンのすき間から日の光が射し込みます。雨の日があって晴れの日が、特別の意味を持つのです。
 雨とは何でしょうか。雨に当たれば誰もが濡れます、王様も乞食もです。雨は水平の世界をつくり出すもの。雨宿りが出会いの場を生み出すものなのは、雨の持つその力によります。そこからかさの下の世界、雨のなか、かさの下に広がる別世界までは一歩です。同じ高さに二つが並べば、それが反転、ひっくり返しのきっかけとなることも明らかです。井上ひさしの芝居『雨』が、雨の降る両国橋の下から始まるのはそのためです。橋と雨とが、拾い屋の徳の前に開かれた天国と地獄の分かれ道を象徴的に示しているのです。
 岡野かおる子『ミドリがひろったふしぎなかさ』(童心社)のミドリは、水玉のかさを拾います。「かさを さした とたん、ぱあーっと、あかるい ひが てりました。」その「かさの 下だと、なんでも おもいどおりになる」のです。ミドリはかさの持ち主の女の子に出会います。「雨の 日に、いつも おんなのこと いっしょに いた かさは、おんなのこが かさの 下でかんがえた ことを、よく おぼえていたに ちがいありません。」かさの下、ミドリの思いと女の子の思いが一つになるのです。ガブリエル・バンサン『雨の日のピクニック』(BL出版)では、くまのアーネストとねずみのセレスティーヌが、どしゃぶりの雨のなかピクニックに出かけます。「きょうは とても いいてんきだっていう つもりに なるのさ」と考えてのピクニックにです。「きみ、なんで こどもじみた あそびを やるんだね」と声をかけてきたおじさん、その立派なお屋敷に招待されるという、思いがけないことが待っています。それもまた雨がもたらす「さかさま」がつくり出したものと言えます。
 雨が降ってもかさをささないおじさんがいます。「すこしくらいのあめは、ぬれたまま あるきました。かさが ぬれるからです。」「もうすこしたくさん あめが ふると、あまやどりして、あめが やむまで まちました。かさが ぬれるからです。」そのおじさんが、雨が降ったらかさをさす楽しさを子どもに教わるのです。「あめが ふったら ポンポロロン あめが ふったら ピッチャンチャン」、おじさんがかさをさしたのです。さのようこ『おじさんのかさ』(講談社)には、「さかさま」があり「初めて」があります。その二つにこだわるおじさんが限りなく子どもに思えてきます。雨をどう見るかは大人と子どもを分けるバロメーター、子どもの心をどのくらい残しているかを測るバロメーターなのです。

※「あまがさ」八島太郎文・絵/福音館書店   「おじさんのかさ」佐野洋子文/講談社

(英語教育講座・図書館運営委員会委員)


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